【自己紹介①】農村地からの上京、そしてイギリスへ

私は、岩手県の農村地で生まれ育ちました。

 

父は、地元で名匠とも言われた野球監督で、監督生活は実に33年。

家から離れていた高校の野球部寮で、学生と生活を共にしていたため、一緒に過ごす時間はほとんどありませんでした。

幼少期の父との思い出はほんの数える程度。

 

母は、介護施設で働くケアマネージャーで、いつも笑顔が絶えない、子育ても仕事も一生懸命な頑張り屋さんでした。

父が甲子園や高校球児たちにに全てを捧げることができたのも、そんな母親の支えがあったからだということも今なら良くわかります。

 

私が小学生の時に、過労が過ぎてしまった母が心身共に病気にかかってしまい、それからは祖父母のうちで過ごすことに。

 

母と会えないことが寂しくて、ただ、心配はかけたくないと布団の中で声を消して泣いていたこともありましたが、祖父母は溢れんばかりの愛情を私に注いでくれました。

 

 

小さい頃からもの静かであまり喋るタイプの子ではなかったので、自分を表現する事が大の苦手。

 

大学進学と同時に、上京してからもとても苦労し、人とのコミュニケーションが上手く取れなくて、飲食店のアルバイトですら中々受からないという、ミラクルも!汗笑

 

しかし、当時の劣等感の強さ、『変わりたい』と強く思う気持ちが、行動の原動力になっていたのだと思います。

 

幸いにも心優しいお茶漬け屋さんの店長が、拾ってくれ、留学に行きたい一心で、めちゃくちゃ働きました。

 

そして、大学2年生でイギリスに留学。

 

自分が全く知らない新しい世界を知ることが、こんなにもワクワクするなんて、、!とても刺激的な毎日でした。

 

 

イギリスから帰国してからは、とにかく色々なことをしてみたいと思うようになり、学生団体で東日本大震災の復興支援イベントを開催したり、インターンで人生初の営業を経験。

 

特に目立つ存在でもなく、注目もされていなかった私ですが、ただ無我夢中で頑張り200人ほどいた中で1位に。

 

ずっと『学歴がない事、能力やスキルがない事』にコンプレックスを感じていましたが、

恩師が、『その満面の笑みと、一生懸命さが沼田の何よりの魅力や』ということ言葉をかけてくれ、号泣したのを覚えています。

 

『能力やスキル以上に大切なこと』と、『仕事を通して、人に貢献出来る楽しさ』を教えてもらいました。

 

【自己紹介②】見切り発車で会社を飛び出した23歳

 

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